大判例

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東京地方裁判所 昭和38年(ワ)4389号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔争点〕原告の保険金支払の請求にたいし、被告は本件保険契約締結にさいし、契約者において告知義務に違反したから、被告は本件保険契約を解除したと抗弁した。被告の抗弁はつぎのとおりである。すなわち被保険者伊東チヨエは昭和三四年一〇月山形県立新庄病院に入院し、両側卵巣癌の診断を得、治療をうけ、昭和三五年二月同病院を退院後も通院加療中であつたにかかわらず、昭和三五年三月本件保険契約締結にたいしては勿論、保険医の診査の際にも被告にたいして後に同被保険者の死因癌性腹膜炎発生の原因となつた既往症に関する右の重要事実を故意に、かりに故意でなくても、すくなくとも重大な過失によつて告げなかつたものである。

被告の抗弁にたいし再抗弁として原告は次のとおり主張した。被告の保険医鎌田医師は昭和三五年三月ころ本件被保険者を診査するに際し注意義務を怠つたため被保険者の下腹部にあつた手術痕を発見できなかつたもので、もし右手術痕を発見し得たならばこれに基き既往症をも知りえた筈であるから、結局被告は過失によつて右事実を知らなかつたものというほかなく、被告のなした契約解除は効力を生ずるに由ないものである。

被告は右再抗弁にたいし、かりに本件被保険者の下腹部に手術痕があつたとしても、保険医は婦人の診査においては羞恥、不快の念を起させないため告知がなければことさら下腹部等は診査しない建前であるから告知がないかぎりこれを診査しなくても注意義務違反にならず、被告の保険医に過失はないと抗争した。

判決は被告の右主張を認めつぎのとおり説明している。

〔判決理由〕そこで次に保険者の過失の有無について判断する。

保険医が過失によつて被保険者の既往症等重大な事実を知らなかつたときは結局保険者においてその責任を負担するものというべきところ、証人鎌田政総の証言(第一、二回)によれば「被告の保険医鎌田正総は、被保険者伊東チヨエに対する前記診査において同人より何等既往症に関する告知をうけなかつたので婦人診査の場合の取扱上の一般慣例にしたがい、とくに羞恥嫌悪を避けるため、上半身の聴打診を行つたほか、下腹部等については、単に問診にとどめた結果、同人の下腹部に存した前記両側卵巣癌の手術痕を発見できなかつた。」ことを認めることができ、原告本人尋問の結果(第二回)中右認定に反する供述部分は前記証人鎌田政総の証言(第一、二回)および弁論の全趣旨に照らしてにわかに措信し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、およそ保険医が被保険者、ことに女子の場合羞恥嫌悪の念を生じさせるような体部を診査する際には、被保険者の申出その他特別の事情のないかぎり、問診するのみで足り、それ以上他の診察方法を行わず、そのため既往症等の重大な事実を覚知できなかつたとしても、これを以て直ちに診査上の過失ということはできない。けだし事柄の性質上羞恥部等の診査は、特別の事情のない限り、問診程度にとどめ、他は当事者の告知義務に期待するのを妥当とするからである。

いま、本件についてこれをみるに、保険医が被保険者に、下腹部について問診したのに対し被保険者が何ら告知しなかつたことは前認定のとおりであり、他に特別の事情も認められないから、保険医が問診以外の診察方法をとらなかつたため前記既往症を発見できなかつたとしても、これをもつて直ちに保険医に過失ありと断ずることはできない。(古山宏 中田四郎 加藤和夫)

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